私の役割はコミュニティの歴史を伝えること―
ジェフ・チャン、インタヴュー
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「ヒップホップ世代」を代表するジャーナリスト、著述家と呼ぶにふさわしいジェフ・チャンに、いまどうしても話を訊きたいと思った。ホノルルに生まれたジェフの人生は、12歳のときに耳にしたシュガーヒル・ギャングの〝Rapper's Delight〟(79)によって大きく変えられる。その後、大学進学とともに移り住んだカリフォルニアのオークランドで、当時のベイエリアのヒップホップ・シーンに魅了され、大学のラジオ局でDJ シャドウと運命的な出会いを果たす。1991年には、インディ・レーベル〈ソールサイズ〉の設立に参画、DJ シャドウやブラッカリシャスの初期作品をリリースしている。同時に彼は、反人種主義の活動や労働運動にも熱心に取り組んでいる。そうしたヒップホップとアクティヴィズムの経験、中国とネイティヴ・ハワイアンにルーツを持つ自身の人種的アイデンティティを基盤とした深い洞察が、2005年に上梓した『ヒップホップ・ジェネレーション』に結実したのだ。このインタヴューで、ジェフはドーチやアースギャング、タイラー・ザ・クリエイターの音楽性を生き生きと語り、キラー・マイクのコミュニティへの献身を心から称えた。「ヒップホップは希望のムーヴメントだ」と語る彼からは、「黄金時代」を生きた世代特有の矜持が感じられる。どんなに困難な状況においても、希望を失わず、その希望について仲間と語り合い、具現化するための努力を惜しまない。これこそが、ヒップホップが彼ら世代に与えた最も本質的なコンセプトなのだ。破壊の危機にさらされるコミュニティの前で、ジェフは自分たちの世代の使命は、コミュニティの歴史を伝え続けることだと言う。2007年に、ヒップホップ専門誌『VIBE』の表紙を飾った、当時の大統領候補バラク・オバマへのインタヴューをおこなったのも彼だった。いまジャフ・チャンは何を思うのか。(二木)
──まずは先日のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプの再選が決まった現在の心境から教えていただけますか。
J とても重たい気持ちです。こういった結果になることは予想していたけれど、現実になってしまったいま、自分に近しいひとびとにも悪い意味で影響があるのではないかと危惧しています。特に移民の家族や友人は強制送還されてしまうかもしれません。また、女性の自身の身体に関する権利が奪われるかもしれませんし、予防接種など健康に関することでも深刻な問題があり、再びパンデミックが起きた場合、中小企業で働く方たちもどのような扱いを受けるのか心配です。ナチスが行進しているようなものなんです。
──スヌープ・ドッグなど著名なラッパーの多くもトランプを評価したり、支持を表明したりしていました。
J どうやって簡潔に話すか考えさせてください……。スヌープ・ドッグ、カニエ・ウェスト(Ye)はもちろん、ダベイビーやリル・ウェイン、セクシー・レッド(編集部注:最終的にカマラ・ハリス支持に回った)もトランプを支持しました。知っての通り、コミュニティやファン層に対して影響力を持っているラッパーたちです。一方でカマラ・ハリスを支持したラッパーもいますし、80%の黒人女性、また他の有色人種のコミュニティや若者の多くがカマラに投票しているという世論調査もあることを忘れてはいけません。より正確な数字や統計に関してはこれから明らかになっていくと思いますが、バラク・オバマが立候補したときの状況とは違っていて、全体の雰囲気が右寄りにシフトしている印象です。そういった雰囲気の変化のきっかけのひとつは、民主党が、もともと持っている支持者のコミュニティの声に耳を傾けなくなったことにあるのではないかと考えています。その上で、トランプがラッパーたちの支持を得た理由のひとつとしては、例えば、コダック・ブラックの犯罪をトランプが見過ごしたこと、つまりトランプを支持すればラッパーたちはそういった計らいを受けられるのではないかと思ったこともあります。ダベイビーも捕まっている家族への恩赦を期待してトランプを支持していると言われています。いずれにせよ、ラッパーの多くは近しいひとびとが牢獄の中にいる場合も少なくないので、それをどうにかしてくれるのではないかという期待を利用しているのは事実です。それに加えてトランプに投票した人たちだけではなく、まったく投票しなかった人たちもいます。どうして民主党支持者が離れていってしまったのかを考えるのが鍵なのではないでしょうか。
──なるほど。
J 以前の選挙では、例えばヤング・ジーズィー(現・ジーズィー)のようなラッパーが「私の大統領は黒人だ、黒人が代表している」と声にしていました(※編集部注 ジーズィーは2008年11月、民主党のオバマが大統領選に当選すると、ナズを客演に迎えた〝My President〟を発表)。そういった雰囲気があったのに対して、現在は我々を代表してくれていると感じる政党、政治家がいないのです。それに輪を掛けるように、民主党がもともとの支持者のコミュニティ、特に若い貧しいひとびとを失望させてしまった、声を聞かなくなったという背景があります。
──あなたは2007年にヒップホップ専門誌『VIBE』で大統領に就任する前のオバマにインタヴューしています。そのときの経験について語ってもらえますか?
J まず、それまでヒップホップ誌のインタヴューを受けた大統領候補はいませんでした。前代未聞だったんです。とにかく新しく、歴史的な瞬間でした。取材の中でどんな音楽を聴いているのか尋ねると、彼はジャズのマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクを挙げてくれたあと、コモンやローリン・ヒルのようなものも聴くと教えてくれました。そのときはまるで自分の兄と話しているかのようでした。彼は少し年上で、完全にヒップホップの世代とは呼べないけれど、いっしょにダンスフロアを共有できるような人間らしさを感じたんです。そういったヒップホップ的な観点を持っていたこと、あるいはそういった音楽にも少しは耳を傾けてくれるということは、左派から人気、支持を得る要因になったのでしょうね。すべての課題について、彼の意見に必ずしも賛成できなかったとしても、何より、彼が少数派を人間として扱ってくれることが大きかったのだと思います。
──人間として扱ってくれる。いま重い言葉です。
J そうです。彼は同性婚についても前向きに取り扱っていましたし、若いラッパーたちにとっては、法律的に何がどのようにペナルティを課されるのか、何が重犯罪になるのか、あるいはそうではないのかといったコミュニティにとって身近な話題も取り上げていたことも重要でした。また、彼は住居の問題やアクセスの問題など、とにかく地域のコミュニティにとって大切な課題を取り上げていました。それに彼はジェイ・Zの〝Dirt off Your Shoulder〟の肩を払う仕草をスピーチに取り入れたり、よくヒップホップから引用していましたし、ビヨンセをスペシャル・ゲストに招いていっしょに登壇したり、有機的な繋がりやリアルさを見せていたんです。そういった行いによって、長年無視されてきたコミュニティの声もしっかりと聞いてくれるんじゃないかと期待させていたのです。
──あなたは過去にDJ シャドウ、リリックス・ボーン、ブラッカリシャスらと活動をともにしました。彼らの活動は、音楽的にも、ある意味では政治的にも「ヒップホップにおける良心」、あるいは「アンダーグラウンドの良心」と呼べるようなものでした。そうした、彼らの意志を引き継いでいるような現在のヒップホップ・アーティストは思い当たりますか?
J 私はすでに古い世代になってしまったので、昔のように最前線でアンダーグラウンドのシーンに触れているというより、若い世代のものは自分の子どもを通して聴くことが多くなりました。彼らが聴いているのは、ドーチやアースギャング、タイラー・ザ・クリエイターなどです。こういったアーティストたちが我々と同じようなヒップホップに対するアプローチをしているとは思いませんが、でも彼らには彼らなりのアプローチをしているように見えます。ドーチはすごく面白くて、スリック・リックと同レベルのストーリー・テラーだと感じますし、アースギャングは恋愛などのトピックが多いけど、それを通してストリートをうまく捉えていると思います。タイラーは移りゆく感情をキャプチャーするのが上手ですよね。私は彼らの音楽を自分の子どもたちが言っていることに耳を傾けるような気持ちで聴いています。
──キラー・マイクは重要なラッパーですね。彼は、2016年の大統領選の民主党の候補者だったバーニー・サンダースを、地元のアトランタのバーバーショップに招いてインタヴューを行っています。
J キラー・マイクは完璧な例のひとつです。彼もそろそろ50代に差しかかるので、キッズからすると私も含め我々は大先輩になります。そんな我々に果たすべき役割があるとしたら、ヒップホップだけではなく、コミュニティの歴史をしっかり伝えることなんです。新しい世代も我々と同じように、世代がもっている声に誇りを持って、声を大にして遂行してほしい、そう思うからこそ、我々はそれをサポートしなければいけません。とりわけマイクはコミュニティの中でリスペクトされている人で、スポークスマンであり、常にコミュニティの代弁者であり続けています。彼はいまだにレコーディング・アーティストですが、コミュニティ・リーダーでもあるのです。彼が何をしているのか、しようとしているのかというと、それはつまり社会的基盤の構築です。建物を建てるだけでなく、人が集まる空間を作ったり、ビジネス的な場を作ったり、要するに希望を具体化することに力を注いでいるのだと思います。
──あなたは以前の私のインタヴューで、「私にとってヒップホップは最新のブラック・フリーダム・カルチャーのあらわれであり、自由と解放のアイディアに関わるもの」と答えてくれました。それゆえに、著書『ヒップホップ・ジェネレーション(原題:Can't Stop Won't Stop: A History of the Hip-hop Generation)』では、グローバル・ジャスティス・ムーヴメントをクライマックスで描き、その本のヤング・アダルト・エディションではブラック・ライヴズ・マター(以下、BLM)から書き始めています。現在、あなたにとってのそうした希望のムーヴメントはありますか。
J とても良い質問をありがとう。いま、私たちはまるで新しい時代の入り口に立っているかのように感じています。トランプが当選したこともそれを象徴する出来事のひとつでしょう。彼の当選によってBLMの運動がいままで蓄積してきたことさえ否定されたような気持ちです。つまり、アーティストや活動家たちに新たな課題が突きつけられています。その挑むべき課題というのは新しい時代に合った、新しい言語を生み出すこと、構築することです。
──新しい言語の創造ですね。
J そうです。まず、BLMは間違っていたわけではありません。ただ、トランプは人種的正義を通したくないひとびと、いままでの優位性を維持したいひとびと、未来を恐れているひとびとを大勢動員することに成功しました。新しい言語を生み出すというのは、音楽を含めたアートを通して、ブラック・フリーダム・ムーヴメントを通して、希望的な世界を作れること、そういった世界にたどり着けるということをどのように伝えるのかという意味です。みんながほしがっている自由へのヒントが実はブラック・フリーダム・ムーヴメントの中にあるんだと、それをどう伝えるのかがアートの役割のひとつだと思うのです。自由で希望にあふれた未来のために。歴史を通じて、私たちの闘争は自由を信じる私たちのものです。同時に、我々のコミュニティはもがいてきました。そうして実践している最中にも、目の前で我々が一生懸命培ってきた言語、作ってきたストーリーがそのまま盗まれ、まったく別のものとして利用される瞬間を目の当たりにしてきました。
──文化の盗用と呼ばれる問題でもあります。
J しかし、それでもやはり、新しい世界を想像すること、自由への夢(freedom dreamin')は可能なんだとひとびとに伝えること、思い出させることが大切なのではないかと思うのです。知っての通り、アーティストの仕事のひとつは、可能性をひとびとの中に生み出す手伝いをすることです。逆に、いまトランプがやっていることは社会的な自殺と呼べます。社会を、共同体を破壊しようとしています。それに対してアーティストは、我々は希望を作れると伝えなければならないと私は思います。
──2021年に惜しくも急逝した、批評家であり、ヒップホップ・ジャーナリストのグレッグ・テイトはあなたにとっても重要なメンターでありました。「新しい言語の創造」という意味で言えば、グレッグ・テイトは批評家として、創造的な言語を用いてきた人だと思います。
J 私の思う、グレッグがアフロ・フューチャリストと呼ばれた理由は、彼が、黒人アーティストの無限の可能性や自由の可能性を、批評によって世の中に伝えてきた人だからです。未来、可能性、そしてアフロのバックグラウンドを持ったブラック・アーティストたち、それらの要素が重なった表現をしていました。だから彼の書いて残したものはすべてそういった世界を覗き込ませてくれるものです。さっき話していたブラック・フリーダム・カルチャーのこともすべて含まれています。彼がいなかったらいまの自分は存在しません。それほどの影響を受けています。もちろん彼が書いたものもそうですし、実際に自分に時間を割き、忍耐強く議論を重ねてくれたことで、たくさんのことが身につきました。それにグレッグは私だけでなく、他のたくさんのライターにそうしていたんです。彼のおかげで我々のいまがあります。
──では、いまの時代の転換点にあって、あなたが彼のテキストでいま読むべきだと感じるものはありますか。
J 個人的に気に入っているのは、彼の最も有名な一冊である『Flyboy in the Buttermilk』(92)です。そこで彼はジャン=ミシェル・バスキアについて、白人の左派、リベラルの人たちに利用されたと書いています。まるで現代の原始人のように祭り上げられてしまったと。しかし、バスキアの作品を見ると、常にそういった呪縛から自分自身を、そして自分と同じようなひとびとを解き放とうとしていたことがわかると書いているんです。そういった『Flyboy in the Buttermilk』でのバスキアに対する批評はケンドリック・ラマーの〝Alright〟(15)にまで繋がっています。〝Alright〟の中には「when I wake up I recognize you're looking at me for the pay cut(目を覚ますと、お前らが俺をただの金づるとしか見ていないことに気づくのさ)」というラインがあります。「pay cut」とは、要するに自分のことを金づるとしか見ていない、つまり自分がシステムに利用されているということですね。そうしたシステムの中心、怪物の真ん中でもがきながら、自由を模索する声を訴えかけている姿が浮かび上がるのです。
──とても興味深いです。ケンドリック・ラマーとドレイクのビーフが世界的な話題となり、日本でも注目されました。あのビーフは「ヒップホップとは何か?」という普遍的な問いさえ含むものだったかと思います。あなたはあのビーフをどのように捉えていますか?
J ビーフはもちろんヒップホップの中心にあるものの一部です。同時にいまやグローバルに商品化されたものでもあります。いままでコミュニティの中で起きていたバトルにいきなり世界の目が向けられています。だからこそ、彼らの個人的なビーフはそれ以上のものとして扱われてしまっている部分があるのは事実で、とにかくエンタメになっていることは否定できません。その上、彼らは素晴らしいファイターだから、ファンとしてはとにかくエキサイティングでした。ボクシングに喩えるとマイク・タイソン対ジェイク・ポールの試合のようなものです。どちらも私を熱くさせました(笑)。
──先日のビッグ・マッチですね(笑)。
J 付け加えるなら、どちらの側を支持するかによって、ファンが価値観を提示できたビーフとも言えます。あなたがどんな人間に見られたいかもそこでわかってしまうんです。一方は富や名声をひけらかしていて、そちら側につけば、私はそういうものに惹かれる人間だというステイトメントになりました。もう一方は真実を追求して世の中に伝えたい、アートで言えばトラディショナルな、真の意味で伝統を紡ぐ職人のようなものに惹かれる人というステイトメントになっていたでしょう。ヒップホップの中には、自分がどのようなアイデンティティを持ちたいかという欲望に対して様々な選択肢が用意されています。つまり、ヒップホップがアイデンティティを表現するためのものの一部になっているということが見受けられたビーフでした。
─―いまアイデンティティの話が出ましたが、あなたはつい最近、ブルース・リーの伝記『Water Mirror Echo: Bruce Lee and the Making of Asian America』を書き終えたばかりです。以前あなたは、「アジア系アメリカ人のパワーを理解して、私達がそのパワーをいかに取り戻せるのか、また我々の存在とプライドとはそもそも何なのか、というテーマがあります。だから、その本は『ヒップホップ・ジェネレーション』と繋がっています」と語ってくれました。執筆と取材の過程で考えたこと、記憶に残るエピソードについて教えてください。
J エピソードは限りなく出てきますが、できるだけ簡潔に言うと、私がフォーカスしたのは創造性(クリエイティヴィティ)と暴力との関係性です。要するにセルフ・ディフェンス(自己防衛)すらもクリエイティヴにできたり、暴力そのものにももしかすると意味があるのではないかという問題意識がありました。ヒップホップにも創造性と暴力の関係性があらわれているので、暴力に芸術性があるとするならば、それはどういった意味を持つのかという部分でも、ヒップホップとブルース・リーに繋がりを感じました。この本を執筆していた時間はそういったことを深く考えさせられました。なぜなら、ブルース・リーという人は、それを哲学的にすごく掘り下げた人物なんです。まず、彼の綴った書物にはタオイズムや仏教についての古い書物からも引用があったりします。そして、そんな大昔の思想、哲学には、現代に必要とされている実用的なこともたくさんあります。それに自分を目覚めさせてくれたブルースにすごく感謝しているんです。
──一般的には、特に西洋ではタオイズムや仏教があまり身近ではないかと思います。
J ただ、ブルースのファンは世界中にいるので、そういった思想や哲学的なものを言語化できなかったとしても、自分の中に取り込んで、気がつかないうちに影響されている人は多くいると思います。彼によって世界全体が少しアジア化したと言ってもいいかもしれません。そういった影響も残した人です。そして、彼のストーリーはいわゆるアジア人がアメリカに住むとはどういうことなのか、というアジアン・アメリカンのストーリーでもあります。ブルースを理解したければ、アジアン・アメリカンの歴史も理解しなければならない、つまり広大でたくさんの人種の集まりであるアメリカを理解するにはブルースのストーリーも必要なんです。ただのセレブで有名なアジアン・アメリカンではなく、彼のストーリーはネイティヴ・アメリカンやネイティヴ・ハワイアンのストーリーを包括したものの一部で、だからそれはアメリカの旗の下の話というだけでなく、ユニヴァーサルな、人類のストーリーとも呼べます。我々はここに存在していると叫ぶ、認識されるためにもがくストーリーであり、人権そのもののストーリーでもあると思うんです。この本で他の近しい書物と少しでも違ったブルース・リー像が浮かび上がるような伝え方ができていたら本望です。執筆に当たって、多くの女性やアジアン・アメリカンなど、様々な人に取材しました。そして、それは素晴らしい旅でした。
「ヒップホップ世代」を代表するジャーナリスト、著述家と呼ぶにふさわしいジェフ・チャンに、いまどうしても話を訊きたいと思った。ホノルルに生まれたジェフの人生は、12歳のときに耳にしたシュガーヒル・ギャングの〝Rapper's Delight〟(79)によって大きく変えられる。その後、大学進学とともに移り住んだカリフォルニアのオークランドで、当時のベイエリアのヒップホップ・シーンに魅了され、大学のラジオ局でDJ シャドウと運命的な出会いを果たす。1991年には、インディ・レーベル〈ソールサイズ〉の設立に参画、DJ シャドウやブラッカリシャスの初期作品をリリースしている。同時に彼は、反人種主義の活動や労働運動にも熱心に取り組んでいる。そうしたヒップホップとアクティヴィズムの経験、中国とネイティヴ・ハワイアンにルーツを持つ自身の人種的アイデンティティを基盤とした深い洞察が、2005年に上梓した『ヒップホップ・ジェネレーション』に結実したのだ。このインタヴューで、ジェフはドーチやアースギャング、タイラー・ザ・クリエイターの音楽性を生き生きと語り、キラー・マイクのコミュニティへの献身を心から称えた。「ヒップホップは希望のムーヴメントだ」と語る彼からは、「黄金時代」を生きた世代特有の矜持が感じられる。どんなに困難な状況においても、希望を失わず、その希望について仲間と語り合い、具現化するための努力を惜しまない。これこそが、ヒップホップが彼ら世代に与えた最も本質的なコンセプトなのだ。破壊の危機にさらされるコミュニティの前で、ジェフは自分たちの世代の使命は、コミュニティの歴史を伝え続けることだと言う。2007年に、ヒップホップ専門誌『VIBE』の表紙を飾った、当時の大統領候補バラク・オバマへのインタヴューをおこなったのも彼だった。いまジャフ・チャンは何を思うのか。(二木)
──まずは先日のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプの再選が決まった現在の心境から教えていただけますか。
J とても重たい気持ちです。こういった結果になることは予想していたけれど、現実になってしまったいま、自分に近しいひとびとにも悪い意味で影響があるのではないかと危惧しています。特に移民の家族や友人は強制送還されてしまうかもしれません。また、女性の自身の身体に関する権利が奪われるかもしれませんし、予防接種など健康に関することでも深刻な問題があり、再びパンデミックが起きた場合、中小企業で働く方たちもどのような扱いを受けるのか心配です。ナチスが行進しているようなものなんです。
──スヌープ・ドッグなど著名なラッパーの多くもトランプを評価したり、支持を表明したりしていました。
J どうやって簡潔に話すか考えさせてください……。スヌープ・ドッグ、カニエ・ウェスト(Ye)はもちろん、ダベイビーやリル・ウェイン、セクシー・レッド(編集部注:最終的にカマラ・ハリス支持に回った)もトランプを支持しました。知っての通り、コミュニティやファン層に対して影響力を持っているラッパーたちです。一方でカマラ・ハリスを支持したラッパーもいますし、80%の黒人女性、また他の有色人種のコミュニティや若者の多くがカマラに投票しているという世論調査もあることを忘れてはいけません。より正確な数字や統計に関してはこれから明らかになっていくと思いますが、バラク・オバマが立候補したときの状況とは違っていて、全体の雰囲気が右寄りにシフトしている印象です。そういった雰囲気の変化のきっかけのひとつは、民主党が、もともと持っている支持者のコミュニティの声に耳を傾けなくなったことにあるのではないかと考えています。その上で、トランプがラッパーたちの支持を得た理由のひとつとしては、例えば、コダック・ブラックの犯罪をトランプが見過ごしたこと、つまりトランプを支持すればラッパーたちはそういった計らいを受けられるのではないかと思ったこともあります。ダベイビーも捕まっている家族への恩赦を期待してトランプを支持していると言われています。いずれにせよ、ラッパーの多くは近しいひとびとが牢獄の中にいる場合も少なくないので、それをどうにかしてくれるのではないかという期待を利用しているのは事実です。それに加えてトランプに投票した人たちだけではなく、まったく投票しなかった人たちもいます。どうして民主党支持者が離れていってしまったのかを考えるのが鍵なのではないでしょうか。
──なるほど。
J 以前の選挙では、例えばヤング・ジーズィー(現・ジーズィー)のようなラッパーが「私の大統領は黒人だ、黒人が代表している」と声にしていました(※編集部注 ジーズィーは2008年11月、民主党のオバマが大統領選に当選すると、ナズを客演に迎えた〝My President〟を発表)。そういった雰囲気があったのに対して、現在は我々を代表してくれていると感じる政党、政治家がいないのです。それに輪を掛けるように、民主党がもともとの支持者のコミュニティ、特に若い貧しいひとびとを失望させてしまった、声を聞かなくなったという背景があります。
──あなたは2007年にヒップホップ専門誌『VIBE』で大統領に就任する前のオバマにインタヴューしています。そのときの経験について語ってもらえますか?
J まず、それまでヒップホップ誌のインタヴューを受けた大統領候補はいませんでした。前代未聞だったんです。とにかく新しく、歴史的な瞬間でした。取材の中でどんな音楽を聴いているのか尋ねると、彼はジャズのマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーン、セロニアス・モンクを挙げてくれたあと、コモンやローリン・ヒルのようなものも聴くと教えてくれました。そのときはまるで自分の兄と話しているかのようでした。彼は少し年上で、完全にヒップホップの世代とは呼べないけれど、いっしょにダンスフロアを共有できるような人間らしさを感じたんです。そういったヒップホップ的な観点を持っていたこと、あるいはそういった音楽にも少しは耳を傾けてくれるということは、左派から人気、支持を得る要因になったのでしょうね。すべての課題について、彼の意見に必ずしも賛成できなかったとしても、何より、彼が少数派を人間として扱ってくれることが大きかったのだと思います。
──人間として扱ってくれる。いま重い言葉です。
J そうです。彼は同性婚についても前向きに取り扱っていましたし、若いラッパーたちにとっては、法律的に何がどのようにペナルティを課されるのか、何が重犯罪になるのか、あるいはそうではないのかといったコミュニティにとって身近な話題も取り上げていたことも重要でした。また、彼は住居の問題やアクセスの問題など、とにかく地域のコミュニティにとって大切な課題を取り上げていました。それに彼はジェイ・Zの〝Dirt off Your Shoulder〟の肩を払う仕草をスピーチに取り入れたり、よくヒップホップから引用していましたし、ビヨンセをスペシャル・ゲストに招いていっしょに登壇したり、有機的な繋がりやリアルさを見せていたんです。そういった行いによって、長年無視されてきたコミュニティの声もしっかりと聞いてくれるんじゃないかと期待させていたのです。
──あなたは過去にDJ シャドウ、リリックス・ボーン、ブラッカリシャスらと活動をともにしました。彼らの活動は、音楽的にも、ある意味では政治的にも「ヒップホップにおける良心」、あるいは「アンダーグラウンドの良心」と呼べるようなものでした。そうした、彼らの意志を引き継いでいるような現在のヒップホップ・アーティストは思い当たりますか?
J 私はすでに古い世代になってしまったので、昔のように最前線でアンダーグラウンドのシーンに触れているというより、若い世代のものは自分の子どもを通して聴くことが多くなりました。彼らが聴いているのは、ドーチやアースギャング、タイラー・ザ・クリエイターなどです。こういったアーティストたちが我々と同じようなヒップホップに対するアプローチをしているとは思いませんが、でも彼らには彼らなりのアプローチをしているように見えます。ドーチはすごく面白くて、スリック・リックと同レベルのストーリー・テラーだと感じますし、アースギャングは恋愛などのトピックが多いけど、それを通してストリートをうまく捉えていると思います。タイラーは移りゆく感情をキャプチャーするのが上手ですよね。私は彼らの音楽を自分の子どもたちが言っていることに耳を傾けるような気持ちで聴いています。
──キラー・マイクは重要なラッパーですね。彼は、2016年の大統領選の民主党の候補者だったバーニー・サンダースを、地元のアトランタのバーバーショップに招いてインタヴューを行っています。
J キラー・マイクは完璧な例のひとつです。彼もそろそろ50代に差しかかるので、キッズからすると私も含め我々は大先輩になります。そんな我々に果たすべき役割があるとしたら、ヒップホップだけではなく、コミュニティの歴史をしっかり伝えることなんです。新しい世代も我々と同じように、世代がもっている声に誇りを持って、声を大にして遂行してほしい、そう思うからこそ、我々はそれをサポートしなければいけません。とりわけマイクはコミュニティの中でリスペクトされている人で、スポークスマンであり、常にコミュニティの代弁者であり続けています。彼はいまだにレコーディング・アーティストですが、コミュニティ・リーダーでもあるのです。彼が何をしているのか、しようとしているのかというと、それはつまり社会的基盤の構築です。建物を建てるだけでなく、人が集まる空間を作ったり、ビジネス的な場を作ったり、要するに希望を具体化することに力を注いでいるのだと思います。
──あなたは以前の私のインタヴューで、「私にとってヒップホップは最新のブラック・フリーダム・カルチャーのあらわれであり、自由と解放のアイディアに関わるもの」と答えてくれました。それゆえに、著書『ヒップホップ・ジェネレーション(原題:Can't Stop Won't Stop: A History of the Hip-hop Generation)』では、グローバル・ジャスティス・ムーヴメントをクライマックスで描き、その本のヤング・アダルト・エディションではブラック・ライヴズ・マター(以下、BLM)から書き始めています。現在、あなたにとってのそうした希望のムーヴメントはありますか。
J とても良い質問をありがとう。いま、私たちはまるで新しい時代の入り口に立っているかのように感じています。トランプが当選したこともそれを象徴する出来事のひとつでしょう。彼の当選によってBLMの運動がいままで蓄積してきたことさえ否定されたような気持ちです。つまり、アーティストや活動家たちに新たな課題が突きつけられています。その挑むべき課題というのは新しい時代に合った、新しい言語を生み出すこと、構築することです。
──新しい言語の創造ですね。
J そうです。まず、BLMは間違っていたわけではありません。ただ、トランプは人種的正義を通したくないひとびと、いままでの優位性を維持したいひとびと、未来を恐れているひとびとを大勢動員することに成功しました。新しい言語を生み出すというのは、音楽を含めたアートを通して、ブラック・フリーダム・ムーヴメントを通して、希望的な世界を作れること、そういった世界にたどり着けるということをどのように伝えるのかという意味です。みんながほしがっている自由へのヒントが実はブラック・フリーダム・ムーヴメントの中にあるんだと、それをどう伝えるのかがアートの役割のひとつだと思うのです。自由で希望にあふれた未来のために。歴史を通じて、私たちの闘争は自由を信じる私たちのものです。同時に、我々のコミュニティはもがいてきました。そうして実践している最中にも、目の前で我々が一生懸命培ってきた言語、作ってきたストーリーがそのまま盗まれ、まったく別のものとして利用される瞬間を目の当たりにしてきました。
──文化の盗用と呼ばれる問題でもあります。
J しかし、それでもやはり、新しい世界を想像すること、自由への夢(freedom dreamin')は可能なんだとひとびとに伝えること、思い出させることが大切なのではないかと思うのです。知っての通り、アーティストの仕事のひとつは、可能性をひとびとの中に生み出す手伝いをすることです。逆に、いまトランプがやっていることは社会的な自殺と呼べます。社会を、共同体を破壊しようとしています。それに対してアーティストは、我々は希望を作れると伝えなければならないと私は思います。
──2021年に惜しくも急逝した、批評家であり、ヒップホップ・ジャーナリストのグレッグ・テイトはあなたにとっても重要なメンターでありました。「新しい言語の創造」という意味で言えば、グレッグ・テイトは批評家として、創造的な言語を用いてきた人だと思います。
J 私の思う、グレッグがアフロ・フューチャリストと呼ばれた理由は、彼が、黒人アーティストの無限の可能性や自由の可能性を、批評によって世の中に伝えてきた人だからです。未来、可能性、そしてアフロのバックグラウンドを持ったブラック・アーティストたち、それらの要素が重なった表現をしていました。だから彼の書いて残したものはすべてそういった世界を覗き込ませてくれるものです。さっき話していたブラック・フリーダム・カルチャーのこともすべて含まれています。彼がいなかったらいまの自分は存在しません。それほどの影響を受けています。もちろん彼が書いたものもそうですし、実際に自分に時間を割き、忍耐強く議論を重ねてくれたことで、たくさんのことが身につきました。それにグレッグは私だけでなく、他のたくさんのライターにそうしていたんです。彼のおかげで我々のいまがあります。
──では、いまの時代の転換点にあって、あなたが彼のテキストでいま読むべきだと感じるものはありますか。
J 個人的に気に入っているのは、彼の最も有名な一冊である『Flyboy in the Buttermilk』(92)です。そこで彼はジャン=ミシェル・バスキアについて、白人の左派、リベラルの人たちに利用されたと書いています。まるで現代の原始人のように祭り上げられてしまったと。しかし、バスキアの作品を見ると、常にそういった呪縛から自分自身を、そして自分と同じようなひとびとを解き放とうとしていたことがわかると書いているんです。そういった『Flyboy in the Buttermilk』でのバスキアに対する批評はケンドリック・ラマーの〝Alright〟(15)にまで繋がっています。〝Alright〟の中には「when I wake up I recognize you're looking at me for the pay cut(目を覚ますと、お前らが俺をただの金づるとしか見ていないことに気づくのさ)」というラインがあります。「pay cut」とは、要するに自分のことを金づるとしか見ていない、つまり自分がシステムに利用されているということですね。そうしたシステムの中心、怪物の真ん中でもがきながら、自由を模索する声を訴えかけている姿が浮かび上がるのです。
──とても興味深いです。ケンドリック・ラマーとドレイクのビーフが世界的な話題となり、日本でも注目されました。あのビーフは「ヒップホップとは何か?」という普遍的な問いさえ含むものだったかと思います。あなたはあのビーフをどのように捉えていますか?
J ビーフはもちろんヒップホップの中心にあるものの一部です。同時にいまやグローバルに商品化されたものでもあります。いままでコミュニティの中で起きていたバトルにいきなり世界の目が向けられています。だからこそ、彼らの個人的なビーフはそれ以上のものとして扱われてしまっている部分があるのは事実で、とにかくエンタメになっていることは否定できません。その上、彼らは素晴らしいファイターだから、ファンとしてはとにかくエキサイティングでした。ボクシングに喩えるとマイク・タイソン対ジェイク・ポールの試合のようなものです。どちらも私を熱くさせました(笑)。
──先日のビッグ・マッチですね(笑)。
J 付け加えるなら、どちらの側を支持するかによって、ファンが価値観を提示できたビーフとも言えます。あなたがどんな人間に見られたいかもそこでわかってしまうんです。一方は富や名声をひけらかしていて、そちら側につけば、私はそういうものに惹かれる人間だというステイトメントになりました。もう一方は真実を追求して世の中に伝えたい、アートで言えばトラディショナルな、真の意味で伝統を紡ぐ職人のようなものに惹かれる人というステイトメントになっていたでしょう。ヒップホップの中には、自分がどのようなアイデンティティを持ちたいかという欲望に対して様々な選択肢が用意されています。つまり、ヒップホップがアイデンティティを表現するためのものの一部になっているということが見受けられたビーフでした。
─―いまアイデンティティの話が出ましたが、あなたはつい最近、ブルース・リーの伝記『Water Mirror Echo: Bruce Lee and the Making of Asian America』を書き終えたばかりです。以前あなたは、「アジア系アメリカ人のパワーを理解して、私達がそのパワーをいかに取り戻せるのか、また我々の存在とプライドとはそもそも何なのか、というテーマがあります。だから、その本は『ヒップホップ・ジェネレーション』と繋がっています」と語ってくれました。執筆と取材の過程で考えたこと、記憶に残るエピソードについて教えてください。
J エピソードは限りなく出てきますが、できるだけ簡潔に言うと、私がフォーカスしたのは創造性(クリエイティヴィティ)と暴力との関係性です。要するにセルフ・ディフェンス(自己防衛)すらもクリエイティヴにできたり、暴力そのものにももしかすると意味があるのではないかという問題意識がありました。ヒップホップにも創造性と暴力の関係性があらわれているので、暴力に芸術性があるとするならば、それはどういった意味を持つのかという部分でも、ヒップホップとブルース・リーに繋がりを感じました。この本を執筆していた時間はそういったことを深く考えさせられました。なぜなら、ブルース・リーという人は、それを哲学的にすごく掘り下げた人物なんです。まず、彼の綴った書物にはタオイズムや仏教についての古い書物からも引用があったりします。そして、そんな大昔の思想、哲学には、現代に必要とされている実用的なこともたくさんあります。それに自分を目覚めさせてくれたブルースにすごく感謝しているんです。
──一般的には、特に西洋ではタオイズムや仏教があまり身近ではないかと思います。
J ただ、ブルースのファンは世界中にいるので、そういった思想や哲学的なものを言語化できなかったとしても、自分の中に取り込んで、気がつかないうちに影響されている人は多くいると思います。彼によって世界全体が少しアジア化したと言ってもいいかもしれません。そういった影響も残した人です。そして、彼のストーリーはいわゆるアジア人がアメリカに住むとはどういうことなのか、というアジアン・アメリカンのストーリーでもあります。ブルースを理解したければ、アジアン・アメリカンの歴史も理解しなければならない、つまり広大でたくさんの人種の集まりであるアメリカを理解するにはブルースのストーリーも必要なんです。ただのセレブで有名なアジアン・アメリカンではなく、彼のストーリーはネイティヴ・アメリカンやネイティヴ・ハワイアンのストーリーを包括したものの一部で、だからそれはアメリカの旗の下の話というだけでなく、ユニヴァーサルな、人類のストーリーとも呼べます。我々はここに存在していると叫ぶ、認識されるためにもがくストーリーであり、人権そのもののストーリーでもあると思うんです。この本で他の近しい書物と少しでも違ったブルース・リー像が浮かび上がるような伝え方ができていたら本望です。執筆に当たって、多くの女性やアジアン・アメリカンなど、様々な人に取材しました。そして、それは素晴らしい旅でした。
[編集・監修者プロフィール]
二木信(ふたつぎ・しん)
1981年生。ライター。『素人の乱』(松本哉との共編著)、単著に『しくじるなよ、ルーディ』、企画・構成に漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』、編集協力に『ele-king vol.27 特集:日本ラップの現状レポート』、『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』など。
二木信(ふたつぎ・しん)
1981年生。ライター。『素人の乱』(松本哉との共編著)、単著に『しくじるなよ、ルーディ』、企画・構成に漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』、編集協力に『ele-king vol.27 特集:日本ラップの現状レポート』、『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』など。